「僧帽弁閉鎖不全症が進行すると、立てなくなることはありますか?」
「心臓病の犬が、急に後ろ足へ力を入れられなくなった」
「一度倒れたけれど、少ししたらまた歩き始めた」
犬が僧帽弁閉鎖不全症と診断されていると、
いつもと違う変化があった時に、
「心臓病が悪化したのでは?」
と心配になると思います。
確かに、重い心臓病では、
全身への血流が低下する。
不整脈が起こる。
失神する。
呼吸状態が悪化する。
といった変化が起こり、結果として立っていられなくなる場合があります。
ですが、
後ろ足だけに力が入らない。
片足だけ動かしづらい。
意識はしっかりしているのに立てない。
という場合には、心臓以外の原因についても考える必要があります。
今回は、
- 犬の僧帽弁閉鎖不全症とは
- 心臓病で立てなくなることはあるのか
- 「失神」と「足が動かない」の違い
- 後ろ足に力が入らない時に考えられる原因
- 神経・脊椎の病気
- 関節や痛みの問題
- 血流障害について
- 肺水腫と呼吸の変化
- 自宅で確認してほしいこと
- 動画を撮っておくメリット
- 動物病院で行われる検査
- すぐ受診した方がよい症状
について、獣医師の立場からお伝えします。
- 犬の僧帽弁閉鎖不全症とは?
- 小型犬や高齢犬で多くみられる心臓病です
- 僧帽弁閉鎖不全症ではどんな症状がみられる?
- 心臓病で「立てなくなる」ことはあります
- 「失神」と「足が動かない」は少し違います
- 倒れた時に「意識があったか」を確認してください
- 後ろ足に力が入らない原因は心臓だけではありません
- 椎間板や脊髄の病気でも急に立てなくなることがあります
- 関節や骨の痛みで立てない場合もあります
- 「以前から少し弱かった足が急に悪くなった」場合も確認が必要です
- 血流が悪くなって後ろ足が動かなくなる病気もあります
- 僧帽弁閉鎖不全症が進行すると肺水腫を起こすことがあります
- 「立てない+呼吸がおかしい」は緊急性があります
- 寝ている時の呼吸数も大切です
- 犬が立てなくなった時に自宅で確認してほしいこと
- 動画が診断の大きな手がかりになることがあります
- 動物病院ではまず「心臓だけ」を見るわけではありません
- 心臓についてはどんな検査をする?
- 不整脈が疑われる場合には心電図を行います
- 後ろ足の神経症状が疑われる場合には神経学的検査を行います
- 血液検査で全身状態を確認することもあります
- 心臓の薬を自己判断で増減しないでください
- こんな症状があればすぐ動物病院へ相談してください
- 「一度元に戻った」場合も相談してください
- 「心臓病だから仕方ない」と考えないことが大切です
- 病名より「いつもとの違い」を見てあげてください
犬の僧帽弁閉鎖不全症とは?
犬の僧帽弁閉鎖不全症は、一般的には**僧帽弁の粘液腫様変性(MMVD)**によって起こることが多い心臓病です。
僧帽弁は、心臓の左心房と左心室の間にある弁です。
本来は心臓が収縮した時にしっかり閉じて、血液が逆流しないように働いています。
ですが僧帽弁が変性すると、弁が完全に閉じなくなり、心臓が収縮するたびに血液の一部が左心房へ逆流します。
この状態が長く続くと、
左心房。
左心室。
などが大きくなり、病気が進行すると肺水腫などの心不全を起こすことがあります。
小型犬や高齢犬で多くみられる心臓病です
僧帽弁の粘液腫様変性は、特に中高齢の小型犬で多くみられます。
健康診断で、
「心雑音があります」
と指摘されたことがきっかけで見つかることもあります。
病気が初期の段階では、
元気。
食欲もある。
散歩にも普通に行く。
ということも珍しくありません。
そのため、
僧帽弁閉鎖不全症と診断された=すぐ心不全になる
というわけではありません。
長期間、大きな症状なく生活できる犬もいます。
僧帽弁閉鎖不全症ではどんな症状がみられる?
病気が進行すると、
- 疲れやすい
- 散歩の距離が短くなる
- 運動を嫌がる
- 呼吸が速くなる
- 呼吸が苦しそう
- 咳がみられる
- 失神する
- 元気がなくなる
といった変化がみられる場合があります。
特に左心不全によって肺水腫が起こると、呼吸状態が大きく変化します。
ただし、
咳がある=必ず心不全
という意味でもありません。
高齢の小型犬では、心雑音と気管・気管支などの呼吸器疾患を同時に持っていることもあります。
症状だけで原因を決めず、検査を組み合わせて判断します。
心臓病で「立てなくなる」ことはあります
結論からいうと、
心臓の問題が原因で、犬が一時的に立てなくなることはあります。
たとえば、
心臓から送り出せる血液量が大きく低下した。
重い不整脈が起こった。
血圧が低下した。
脳への血流が一時的に不足した。
という場合です。
その結果、
ふらつく。
力が抜ける。
倒れる。
失神する。
といった症状が起こることがあります。
ですがここで大切なのは、
「心臓病で倒れた」のか、「足そのものを動かせなくなった」のか
を分けて考えることです。
「失神」と「足が動かない」は少し違います
失神では、脳へ届く血流が一時的に不足することで、
突然力が抜ける。
倒れる。
一時的に意識がなくなる。
ということがあります。
そして血流が回復すると、比較的短時間で意識や動きが戻る場合があります。
一方、
後ろ足だけが動かない。
足を引きずっている。
立とうとしているのに後肢を支えられない。
という場合には、脊髄・神経・筋肉・関節などの問題についても考えます。
「立てなかった」という一言だけでは、原因を判断できません。
倒れた時に「意識があったか」を確認してください
犬が突然倒れた時には、
呼びかけへ反応していたか。
目が合っていたか。
意識がなくなったように見えたか。
身体へ力を入れようとしていたか。
を覚えておくと診察の参考になります。
たとえば、
散歩中に突然倒れた。
数秒反応がなくなった。
その後すぐ立ち上がった。
という場合には失神について考えます。
一方、
意識はずっとある。
前足は普通に動く。
後ろ足だけ動かない。
という場合には、別の原因を優先して考えることがあります。
後ろ足に力が入らない原因は心臓だけではありません
犬の後ろ足に力が入らなくなる原因には、さまざまなものがあります。
たとえば、
- 脊椎や脊髄の病気
- 椎間板疾患
- 末梢神経の障害
- 関節疾患
- 筋肉の問題
- 強い痛み
- 外傷
- 全身の筋力低下
- 電解質や代謝の異常
- 血流障害
などです。
特にシニア犬では、一つの病気だけではなく、
心臓病と関節炎。
心臓病と脊椎疾患。
というように、複数の病気を同時に持っていることもあります。
椎間板や脊髄の病気でも急に立てなくなることがあります
脊髄へ強い圧迫や損傷が起こると、
突然後ろ足へ力が入らなくなることがあります。
たとえば、
後ろ足を引きずる。
足の甲を地面へつける。
立とうとしても腰が落ちる。
歩くとふらつく。
強い痛みがある。
という症状です。
神経疾患では、どこに問題があるかを考えるために、
歩き方。
姿勢。
反射。
痛み。
足の感覚。
などを確認します。
関節や骨の痛みで立てない場合もあります
高齢犬では、
変形性関節症。
股関節の病気。
膝関節の病気。
腰や背中の痛み。
などによって立ちづらくなることがあります。
その場合には、
ゆっくりなら歩ける。
立ち上がる瞬間だけつらい。
片足をかばう。
階段を嫌がる。
身体を触ると痛がる。
という変化がみられることがあります。
心臓病がある犬だからといって、
足腰の痛みまで心臓のせいにしないこと
が大切です。
「以前から少し弱かった足が急に悪くなった」場合も確認が必要です
シニア犬では、
以前から後ろ足が弱い。
少し滑る。
立ち上がりに時間がかかる。
という変化がすでにあることがあります。
その状態から、
今日は突然立てない。
今までより明らかに弱い。
という変化が出た場合には、
「高齢だから仕方ない」
と様子を見続けないでください。
痛みの悪化。
神経疾患。
全身状態の悪化。
その他の病気。
が新しく起こっている場合があります。
血流が悪くなって後ろ足が動かなくなる病気もあります
頻度は高くありませんが、血栓などによって後ろ足へ流れる血液が急に妨げられると、
突然の後肢脱力。
麻痺。
強い痛み。
などが起こる場合があります。
犬では猫の動脈血栓塞栓症ほど一般的ではありませんが、血管の病気も急性後肢麻痺の原因の一つです。
このような場合には、
足先が冷たい。
非常に痛がる。
突然まったく使えなくなった。
といった変化がみられることがあります。
急な麻痺や強い痛みがある場合には、早急な診察が必要です。
僧帽弁閉鎖不全症が進行すると肺水腫を起こすことがあります
僧帽弁の逆流が重くなり、左心房の圧力が高くなると、肺の中へ液体がたまる心原性肺水腫を起こすことがあります。
肺水腫では、
- 安静にしているのに呼吸が速い
- 呼吸が深い
- 胸やお腹を大きく使う
- 横になれない
- 座ったまま呼吸する
- 落ち着かない
- 口を開けて呼吸する
といった変化がみられる場合があります。
呼吸が苦しい犬は、酸素を取り込むだけでも大きな負担がかかります。
そのため結果的に、
立っていられない。
ぐったりする。
という状態になることもあります。
「立てない+呼吸がおかしい」は緊急性があります
心臓病の犬が立てなくなった時に、
まず確認していただきたいのが呼吸です。
特に、
- 安静にしているのに呼吸が非常に速い
- 胸やお腹を大きく使って呼吸している
- 横になれない
- 首を伸ばして呼吸している
- 舌や歯ぐきが青白い・紫色に見える
- ぐったりして反応が弱い
という場合には、早めの診療が必要です。
呼吸困難が疑われる状態では、自宅で長時間様子を見ることはおすすめしません。
寝ている時の呼吸数も大切です
僧帽弁閉鎖不全症と診断されている犬では、獣医師から睡眠時呼吸数を確認するようすすめられることがあります。
散歩直後や興奮時ではなく、
ぐっすり眠っている時。
完全に落ち着いている時。
の胸の上下を数えます。
普段の呼吸数を知っておくことで、
「最近少しずつ増えている」
という変化へ気づく助けになります。
ただし数字だけで心不全を自己判断せず、かかりつけの獣医師からその子に合った目安を確認してください。
犬が立てなくなった時に自宅で確認してほしいこと
診察時に非常に役立つのが、
立てなくなった時の状況
です。
できれば、
- いつ起こったか
- 何をしている時だったか
- 何秒・何分続いたか
- 意識はあったか
- 前足は動いていたか
- 後ろ足だけ動かなかったか
- 痛がっていたか
- 呼吸はどうだったか
- 咳があったか
- 歯ぐきの色
- 自分で立ち直れたか
- その後どのくらいで普通に戻ったか
を覚えておいてください。
全部分からなくても構いません。
分かる範囲で伝えてください。
動画が診断の大きな手がかりになることがあります
犬が動物病院へ着く頃には、
普通に歩いている。
元気そうに見える。
ということがあります。
特に、
一時的な失神。
間欠的な不整脈。
ふらつき。
軽い神経症状。
などは、診察時に再現できないことがあります。
安全に撮影できる状況であれば、
立てない時の様子。
歩き方。
呼吸。
ふらつき。
倒れた後の様子。
などを動画に残しておくと非常に役立ちます。
ただし、呼吸困難や意識障害など緊急性が高い場合には、撮影より受診を優先してください。
動物病院ではまず「心臓だけ」を見るわけではありません
僧帽弁閉鎖不全症がある犬でも、立てないという症状が出た時には全身を確認します。
たとえば、
意識。
呼吸。
心拍数。
脈。
血圧。
歯ぐきの色。
歩き方。
関節。
脊椎。
神経反射。
痛み。
などです。
そのうえで、
心臓由来なのか。
神経系なのか。
整形外科的な問題なのか。
全身疾患なのか。
を考えていきます。
心臓についてはどんな検査をする?
心臓病の状態を確認するために、
聴診。
胸部レントゲン。
心臓超音波検査。
血圧測定。
心電図。
血液検査。
などを行うことがあります。
胸部レントゲンでは、
心臓の大きさ。
肺水腫がないか。
肺や気管に別の問題がないか。
などを確認します。
心臓超音波では、
僧帽弁の状態。
逆流。
左心房・左心室の大きさ。
心臓の動き。
などを評価します。
不整脈が疑われる場合には心電図を行います
突然倒れる。
一時的に意識を失う。
脈が不規則。
という場合には、不整脈について確認することがあります。
心電図で不整脈が確認できる場合もあります。
ただし、短時間だけ起こる不整脈では、病院で測定している時に異常が出ない場合があります。
その場合には、状態によって長時間心電図などを検討することがあります。
後ろ足の神経症状が疑われる場合には神経学的検査を行います
後ろ足だけに問題がある場合には、
歩き方。
姿勢反応。
脊髄反射。
痛覚。
筋肉の状態。
などを確認します。
その結果によって、
レントゲン。
CT。
MRI。
その他の検査。
を検討することがあります。
同じ「立てない」でも、必要な検査は原因によって大きく異なります。
血液検査で全身状態を確認することもあります
身体の力が入らない原因には、
貧血。
血糖値の異常。
電解質異常。
腎臓・肝臓の問題。
炎症。
その他の全身疾患。
などもあります。
そのため、血液検査を行う場合があります。
特に心臓病の薬を使用している犬では、
腎臓。
電解質。
などの確認も重要になることがあります。
心臓の薬を自己判断で増減しないでください
犬が元気をなくしたり立てなくなったりすると、
「利尿薬を少し多くした方がいい?」
「心臓の薬を追加した方がいい?」
と思うかもしれません。
ですが、
自己判断で心臓薬を増減しないでください。
立てない原因が心臓ではない可能性もあります。
また、薬の量を変更することで、
血圧。
腎機能。
電解質。
水分状態。
などへ影響することがあります。
いつ、どの薬を、どのくらい飲んだかを確認し、獣医師へ相談してください。
こんな症状があればすぐ動物病院へ相談してください
特に、
- 呼吸が非常に苦しそう
- 横になれない
- 舌や歯ぐきの色が青白い・紫色
- 意識を失った
- 倒れて起き上がれない
- 何度も失神する
- 突然後ろ足がまったく動かない
- 後ろ足を非常に痛がる
- 足先が冷たい
- 意識や反応がおかしい
- けいれんしている
という場合には、早急な診療が必要です。
特に呼吸困難がある犬では、できるだけ興奮させず、動物病院へ電話したうえで受診してください。
「一度元に戻った」場合も相談してください
散歩中に突然倒れた。
でも数十秒で普通になった。
その後ごはんも食べた。
という場合があります。
すると、
「もう治ったから大丈夫かな」
と思うかもしれません。
ですが、一時的な失神や不整脈などでは、短時間で元に戻ることがあります。
回復した=原因がなくなった
とは限りません。
特に心臓病と診断されている犬で初めて失神のような症状が起きた場合には、かかりつけの獣医師へ相談してください。
「心臓病だから仕方ない」と考えないことが大切です
僧帽弁閉鎖不全症と長く付き合っていると、
疲れやすい。
散歩が短い。
少し咳がある。
という変化を、
「心臓が悪いから仕方ない」
と考えてしまうことがあります。
ですが、新しい症状が出た時には、
本当に心臓が原因なのか
を一度考えることが大切です。
特に、
後ろ足だけ動かない。
強い痛みがある。
片足だけ使えない。
意識はしっかりしているのに立てない。
という場合には、心臓以外の病気が隠れている可能性があります。
病名より「いつもとの違い」を見てあげてください
僧帽弁閉鎖不全症は、経過を確認しながら長く付き合うことも多い病気です。
そのため飼い主さんは、
呼吸。
咳。
食欲。
散歩。
睡眠。
元気。
毎日さまざまな変化を気にしていると思います。
その中で大切にしていただきたいのが、
病名だけで症状を判断しないこと
です。
「心臓病の子だから」
ではなく、
昨日まではできたのに、今日はできない。
いつもの呼吸と違う。
いつもの立ち方と違う。
という変化を見ること。
そして、
「この症状は心臓から?」
「それとも別の病気?」
と迷った時には、獣医師へ相談してください。
特に「立てない」という症状は、心臓・神経・筋肉・関節・血流・全身状態などさまざまな原因で起こります。
原因によって必要な治療は大きく異なります。
いつもと違う変化を、心臓病だから仕方ないと決めつけないこと。
それが、僧帽弁閉鎖不全症の犬と長く付き合っていくうえでも、とても大切だと思っています。
※この記事は、犬の僧帽弁閉鎖不全症と、立てない・後ろ足に力が入らない症状について一般的な情報をお伝えするものです。立てない原因には心臓病だけでなく、神経疾患・整形外科疾患・血流障害・代謝異常などさまざまな原因があります。呼吸困難・失神・急な麻痺・強い痛み・意識異常などがある場合には、自己判断で様子を見続けず、速やかに動物病院へご相談ください。
参考情報
- Merck Veterinary Manual「Myxomatous Atrioventricular Valve Degeneration in Dogs and Cats」
- Merck Veterinary Manual「Diagnosis of Heart Disease in Animals」
- Merck Veterinary Manual「Leg Paralysis in Dogs」
- ACVIM「Consensus Guidelines for the Diagnosis and Treatment of Myxomatous Mitral Valve Disease in Dogs」
