「昨日まで普通に元気だったのに、突然ぐったりした」
「一度立てなくなったけれど、少し休んだらまた歩き始めた」
「いつもピンク色の歯ぐきが、今日は白っぽく見える」
特にシニア犬と暮らしていると、このような突然の変化に出会うことがあります。
犬がぐったりする原因は、
心臓病。
低血糖。
貧血。
感染症。
神経疾患。
痛み。
さまざまです。
ですが、その中には、
身体の中で出血していることが原因になっている場合
があります。
そして、シニア犬の突然の虚脱や腹腔内出血で知っておいていただきたい病気の一つが、
血管肉腫(けっかんにくしゅ)
です。
血管肉腫は、血管を構成する細胞から発生する悪性腫瘍で、犬では脾臓・心臓・肝臓などに発生することがあります。
特に脾臓にできた腫瘍は身体の外から見えないため、それまで普通に生活していた犬が突然体調を崩し、検査で初めて見つかることがあります。
今回は、
- 犬の血管肉腫とは
- どこにできやすいのか
- なぜ突然ぐったりするのか
- 一度元気になっても安心できない理由
- 歯ぐきが白くなる理由
- 脾臓のしこり=血管肉腫ではないこと
- 動物病院で行う検査
- 腹腔内出血がある場合の治療
- 脾臓摘出手術について
- 病理検査が重要な理由
- 血管肉腫と診断された後の治療
- 自宅ですぐ受診したい症状
について、獣医師の立場からお伝えします。
- 犬の血管肉腫とは?
- 特に多いのが「脾臓の血管肉腫」です
- 血管肉腫では、なぜ突然ぐったりするの?
- 「一度ぐったりしたけれど、その後元気になった」時も注意してください
- 歯ぐきが白い時に考えられること
- 歯ぐきが白い=血管肉腫ではありません
- お腹が張って見えることもあります
- 血管肉腫はどんな犬に多い?
- 心臓にも血管肉腫ができることがあります
- 皮膚にできる血管肉腫もあります
- 動物病院ではまず全身状態を確認します
- 血液検査では貧血などを確認します
- 腹部超音波検査は重要な検査です
- レントゲン検査を行うこともあります
- 心臓の超音波検査を行う場合もあります
- 「脾臓にしこり=血管肉腫」ではありません
- 細胞診だけでは診断が難しいことがあります
- 血管肉腫の確定診断には病理検査が重要です
- 腹腔内出血がある場合には、まず身体を安定させます
- 脾臓摘出手術とは?
- 手術をすれば血管肉腫は治る?
- 手術後に抗がん剤治療を行うことがあります
- 血管肉腫の予後は厳しい病気です
- 血管肉腫と診断されたら「治療する・しない」の二択だけではありません
- こんな症状は「明日まで様子を見る」より受診を優先してください
- 移動する時はできるだけ身体への負担を減らしてください
- シニア犬の「急に元気がなくなった」を年齢だけで考えないでください
- 普段から歯ぐきの色を知っておきましょう
- 「元気になったから大丈夫」と決めつけないでください
犬の血管肉腫とは?
血管肉腫は、血管の内側を構成する血管内皮細胞に由来する悪性腫瘍です。
血管と関係する腫瘍であるため、腫瘍内部に血液を含みやすく、もろく破裂して出血することがあります。
犬では特に、
- 脾臓
- 心臓
- 肝臓
- 皮膚・皮下組織
などに発生することがあります。
そのほかの臓器に発生することもあります。
特に多いのが「脾臓の血管肉腫」です
脾臓は、お腹の中にある臓器です。
血液を蓄えたり、免疫や血液細胞に関係した働きを持っています。
この脾臓に血管肉腫ができると、
腫瘍がかなり大きくなるまで目立った症状がない。
ということがあります。
身体の表面にできるしこりとは違い、飼い主さんが直接触って見つけることも簡単ではありません。
そのため、
「昨日まで元気だったのに、突然倒れた」
という状況で初めて発見される場合があります。
血管肉腫では、なぜ突然ぐったりするの?
脾臓の血管肉腫で特に問題になるのが、
腫瘍からの出血
です。
腫瘍が破裂すると、お腹の中へ血液が流れ出すことがあります。
これを腹腔内出血と呼びます。
身体の外へ血が出るわけではないため、
「どこからも出血していない」
ように見えることがあります。
ですが身体の中では血液が失われています。
その結果、
- 突然ぐったりする
- 立てなくなる
- 力が入らない
- ふらつく
- 倒れる
- 呼吸が速くなる
- 心拍数が上がる
- 歯ぐきが白くなる
- お腹が張って見える
などの症状がみられることがあります。
「一度ぐったりしたけれど、その後元気になった」時も注意してください
血管肉腫で知っておいていただきたい特徴の一つが、
症状が良くなったり悪くなったりすることがある
という点です。
突然ぐったりした。
↓
しばらく横になっていた。
↓
その後立ち上がった。
↓
ごはんも少し食べた。
このようなことがあります。
すると、
「疲れていただけだったのかな」
「元気になったから大丈夫そう」
と思うかもしれません。
ですが、
一度回復したように見えたからといって、腹腔内出血など重大な問題を否定することはできません。
特にシニア犬で、理由なく突然倒れたり、立てなくなったりした場合には、その後元気になっても獣医師へ相談してください。
歯ぐきが白い時に考えられること
犬の歯ぐきは、通常はピンク色をしています。
ところが、
急な出血。
重度の貧血。
ショック。
循環状態の悪化。
などが起こると、
歯ぐきがいつもより白っぽく見える
ことがあります。
血管肉腫が破裂して腹腔内出血を起こした犬でも、歯ぐきの蒼白がみられることがあります。
普段から時々、
「元気な時の歯ぐきはこの色」
と確認しておくと変化に気づきやすくなります。
歯ぐきが白い=血管肉腫ではありません
ここも大切です。
歯ぐきが白くなる原因は血管肉腫だけではありません。
たとえば、
ほかの場所からの出血。
免疫介在性溶血性貧血。
消化管出血。
出血性疾患。
ショック。
その他の貧血。
などでも起こります。
そのため、
「歯ぐきが白いから血管肉腫」
と自己判断することはできません。
ですが、
歯ぐきが白い。
さらにぐったりしている。
呼吸が速い。
立てない。
という場合には、緊急性の高い状態である可能性があります。
お腹が張って見えることもあります
腹腔内へ多量の出血が起こると、
お腹が以前より膨らんで見える場合があります。
ただし、
少量の出血では見た目では分からないこともあります。
また、お腹が膨らむ原因には、
腹水。
胃拡張。
臓器の腫大。
肥満。
その他の病気。
などもあります。
そのため、お腹の見た目だけで判断することはできません。
血管肉腫はどんな犬に多い?
血管肉腫は、若い犬にも起こる可能性がありますが、一般的には中高齢からシニアの犬で多くみられます。
また、
ゴールデン・レトリーバー。
ジャーマン・シェパード・ドッグ。
ラブラドール・レトリーバー。
など、一部の犬種で発生が多いことが知られています。
ただし、
この犬種だから必ず血管肉腫になる
という意味ではありません。
小型犬やそのほかの犬種でも発生します。
心臓にも血管肉腫ができることがあります
犬の血管肉腫は脾臓だけではありません。
心臓、特に右心房周辺に発生することがあります。
心臓周囲へ出血すると、
心膜液貯留
が起こる場合があります。
血液などが心臓を包む膜の中へたまると、心臓が十分に広がれなくなり、全身へ血液を送り出せなくなることがあります。
その結果、
- 急にぐったりする
- 倒れる
- 呼吸が苦しそう
- 元気がなくなる
- お腹に水がたまる
などの症状がみられる場合があります。
皮膚にできる血管肉腫もあります
血管肉腫には、皮膚や皮下組織に発生するタイプもあります。
皮膚型では、
赤いしこり。
血豆のような病変。
あざのような変化。
出血しやすいしこり。
として見つかることがあります。
内臓に発生する血管肉腫とは、病気の性質や治療後の経過が異なる場合があります。
特に皮膚表面にできるタイプでは、紫外線との関連が考えられるものもあります。
動物病院ではまず全身状態を確認します
突然ぐったりしている犬では、
血管肉腫の診断より先に、
現在の犬が安定しているか
を確認することが重要です。
たとえば、
意識。
呼吸。
心拍数。
脈。
歯ぐきの色。
血圧。
体温。
などを確認します。
重度の出血やショックが疑われる場合には、診断と同時に身体を安定させる治療が必要になります。
血液検査では貧血などを確認します
血管肉腫で内出血が起こっている場合には、血液検査で、
赤血球数。
ヘマトクリット。
ヘモグロビン。
などを確認します。
さらに、
血小板。
肝臓・腎臓などの数値。
電解質。
凝固系。
などを調べることがあります。
ただし、
出血した直後では、血液検査だけで出血量を完全に把握できないこともあります。
身体検査や画像検査なども合わせて判断します。
腹部超音波検査は重要な検査です
脾臓の血管肉腫を疑う場合には、腹部超音波検査を行うことがあります。
超音波では、
脾臓にしこりがあるか。
大きさ。
形。
お腹の中に液体がたまっていないか。
肝臓などほかの臓器に病変がないか。
などを確認します。
お腹の中に液体がある場合には、その液体を採取して血液かどうかを確認することもあります。
レントゲン検査を行うこともあります
胸部レントゲンでは、
肺への転移が疑われる変化がないか。
胸の中に別の異常がないか。
などを確認します。
また、腹部レントゲンを行う場合もあります。
ただし、
画像検査で転移が見えないから、身体の中にがん細胞が存在しないとは限りません。
非常に小さな転移は画像検査では見つけられない場合があります。
心臓の超音波検査を行う場合もあります
脾臓の血管肉腫が疑われる犬では、状況によって心臓超音波検査を行うことがあります。
血管肉腫は心臓にも発生することがあるためです。
心臓超音波では、
右心房周辺の腫瘤。
心膜液。
心臓の動き。
などを確認します。
必要な検査は犬の状態や治療方針によって異なります。
「脾臓にしこり=血管肉腫」ではありません
ここは非常に大切です。
超音波検査で脾臓にしこりが見つかると、
「血管肉腫なの?」
と不安になると思います。
ですが、
脾臓にできるしこりがすべて悪性腫瘍というわけではありません。
脾臓には、
血腫。
結節性過形成。
その他の良性病変。
もできます。
画像検査だけでは、良性病変と血管肉腫を確実に区別できない場合があります。
そのため、
「脾臓に腫瘤があります」
という検査結果と、
「血管肉腫です」
という確定診断は同じではありません。
細胞診だけでは診断が難しいことがあります
身体のしこりでは、細い針を刺して細胞を採取する細胞診を行うことがあります。
ですが脾臓の血管性腫瘍では、
十分な診断材料が採れない。
出血のリスクがある。
といった理由から、細胞診だけでは診断が難しい場合があります。
脾臓腫瘤については、その子の状態や腫瘤の特徴などを踏まえて検査方法を選びます。
血管肉腫の確定診断には病理検査が重要です
脾臓の血管肉腫を確定するために重要なのが、
病理組織検査
です。
脾臓を手術で摘出したあと、組織を病理検査へ提出します。
病理検査によって、
血管肉腫なのか。
良性病変なのか。
別の腫瘍なのか。
を詳しく調べます。
つまり、手術前の画像検査で、
「血管肉腫の可能性が高い」
と考えることはできても、
最終的な診断は摘出した組織を調べて初めて分かることがあります。
腹腔内出血がある場合には、まず身体を安定させます
脾臓の腫瘤が破裂して大量出血している場合には、緊急治療が必要です。
状態によって、
静脈点滴。
酸素投与。
血液製剤による輸血。
痛みへの対応。
循環状態の管理。
などを行います。
犬の状態をできるだけ安定させたうえで、手術を検討します。
脾臓摘出手術とは?
脾臓に出血している腫瘤がある場合には、
脾臓摘出術(脾摘)
を行うことがあります。
脾臓全体を手術で摘出します。
犬は脾臓を摘出したあとも生活することができます。
脾臓腫瘤から出血している場合には、脾臓を摘出することで出血源を取り除くことができます。
さらに摘出した脾臓を病理検査へ提出することで、診断につながります。
手術をすれば血管肉腫は治る?
もし病理検査で血管肉腫と診断された場合、
脾臓を摘出しただけで完全に治ることは難しい病気
です。
血管肉腫は転移しやすい悪性腫瘍です。
診断時には画像検査で確認できないほど小さながん細胞が、すでに身体の別の場所へ広がっている場合があります。
そのため、手術は、
腹腔内出血を止める。
大きな原発腫瘍を取り除く。
診断を確定する。
という意味を持ちます。
その後の治療について、獣医腫瘍科などと相談する場合があります。
手術後に抗がん剤治療を行うことがあります
脾臓の血管肉腫では、手術後に抗がん剤治療を検討することがあります。
代表的には、ドキソルビシンを中心とした治療が用いられます。
目的は、
身体に残っている可能性がある腫瘍細胞の増殖を抑え、病気の進行を遅らせることです。
ただし、
抗がん剤をすれば必ず再発・転移を防げる。
という病気ではありません。
犬の年齢。
全身状態。
病期。
ご家族の希望。
治療による負担。
などを合わせて相談します。
血管肉腫の予後は厳しい病気です
脾臓の血管肉腫は、残念ながら非常に悪性度の高い腫瘍です。
治療後の経過には個体差がありますが、一般的に、
脾臓摘出手術のみ。
手術+抗がん剤。
では、その後の生存期間に違いがみられることがあります。
ただし、平均値や中央値は、
目の前の犬があとどのくらい生きられるかを正確に予測する数字ではありません。
病期。
転移。
腫瘍の状態。
治療への反応。
によって大きく異なります。
治療について考える時には、
「何か月」という数字だけでなく、
今の生活の質。
治療で期待できること。
副作用や通院の負担。
その子が大切にしている日常。
なども一緒に考えてください。
血管肉腫と診断されたら「治療する・しない」の二択だけではありません
血管肉腫のように厳しい病気では、
手術をする。
抗がん剤をする。
という積極的な治療以外にも、
痛みや苦しさを減らす。
食欲を支える。
自宅で穏やかに過ごせるようにする。
という緩和ケアを選択する場合があります。
年齢だけではなく、
身体の状態。
現在の症状。
治療によって期待できること。
ご家族が大切にしたいこと。
を整理しながら考えます。
こんな症状は「明日まで様子を見る」より受診を優先してください
特にシニア犬で、
- 突然倒れた
- 急に立てなくなった
- 歯ぐきが白い
- 呼吸が明らかに速い
- 呼吸が苦しそう
- お腹が急に張った
- 強くぐったりしている
- 意識や反応がおかしい
- 一度倒れ、その後元気になった
という場合には、早めに動物病院へ連絡してください。
突然の虚脱+歯ぐきの蒼白
は、腹腔内出血や重度の貧血、ショックなど緊急性の高い状態でみられることがあります。
移動する時はできるだけ身体への負担を減らしてください
突然ぐったりした犬を病院へ連れて行く時には、
無理に歩かせない。
必要であれば毛布などを利用して運ぶ。
できるだけ興奮させない。
ということを意識してください。
特に大型犬では、家族だけで持ち上げることが難しい場合があります。
その場合には、まず動物病院へ電話し、現在の状態と移動が難しいことを伝えてください。
シニア犬の「急に元気がなくなった」を年齢だけで考えないでください
年齢を重ねると、
以前より眠る時間が増えた。
散歩が短くなった。
少し疲れやすくなった。
という変化は起こります。
ですが、
昨日まで普通だった犬が突然ぐったりした
という変化は、
「もう歳だから」
だけでは説明できない場合があります。
特に、
倒れた。
歯ぐきが白い。
呼吸が速い。
立てない。
という変化があれば、身体の中で大きな問題が起きている可能性があります。
普段から歯ぐきの色を知っておきましょう
体調がよい時に、一度愛犬の歯ぐきを見てみてください。
普段の色を知っていれば、
「今日は白っぽい」
という変化に気づきやすくなります。
もちろん、歯ぐきの色だけで病気を診断することはできません。
ですが、
飼い主さんが自宅で気づける大切な変化の一つ
です。
「元気になったから大丈夫」と決めつけないでください
血管肉腫は、
初期症状が分かりづらい。
身体の中にあるため外から見えない。
突然出血する場合がある。
という特徴があります。
そのため、
「一度倒れたけれど、今は歩いている」
「さっきはぐったりしていたけれど、ごはんを食べた」
ということがあります。
ですが、
一時的に元気を取り戻したことだけで、重大な病気を除外することはできません。
特にシニア犬では、
いつもと違う突然の虚脱。
歯ぐきの色。
呼吸。
お腹の張り。
を確認してください。
飼い主さんが毎日一緒にいるからこそ分かる、
「昨日までとは何か違う」
という気づきが、早い診察につながることがあります。
※この記事は、犬の血管肉腫・脾臓腫瘤・腹腔内出血について一般的な情報をお伝えするものです。突然の虚脱や歯ぐきの蒼白には、血管肉腫以外にもさまざまな原因があります。呼吸困難、意識異常、立てない、歯ぐきが非常に白いなどの症状がある場合には、自己判断で長時間様子を見ず、速やかに動物病院へご相談ください。
参考情報
- Cornell University College of Veterinary Medicine「Hemangiosarcoma in Dogs」
- Cornell University College of Veterinary Medicine「Oncology: Canine Hemangiosarcoma」
- American College of Veterinary Surgeons「Splenic Masses」
- AAHA「2026 AAHA Oncology Guidelines for Dogs and Cats」
- Merck Veterinary Manual「Anemia in Dogs」
