「どうして、うちの子ががんになったんだろう」
「食事が悪かったのかな」
「何か予防できることがあったのかな」
犬や猫に腫瘍が見つかった時、このように考える飼い主さんは少なくありません。
大切な家族だからこそ、
「何が原因だったのだろう」
「自分にできることがあったのでは」
と考えてしまうこともあると思います。
ですが、犬猫のがんの多くは、
「これが原因です」
と一つの理由だけで説明できるものではありません。
加齢。
遺伝的な要因。
細胞の遺伝子変化。
環境。
一部のウイルス感染。
ホルモン。
その他の身体的な要因。
など、複数の要素が関わって発生すると考えられています。
今回は、
- そもそも「腫瘍」と「がん」は同じなのか
- 犬猫のがんはなぜ起こるのか
- 年齢とがんの関係
- 遺伝や犬種・猫種との関係
- 環境が関係するがん
- ウイルスが関係するがん
- 食事やストレスはがんの原因になるのか
- 「免疫力を上げればがんを防げる」のか
- 犬猫のがんを完全に予防できるのか
- 自宅で気づきたい変化
- 早期発見のためにできること
について、獣医師の立場からお伝えします。
- まず「腫瘍」と「がん」は同じではありません
- 良性腫瘍とは?
- 悪性腫瘍とは?
- では、なぜがんができるのでしょうか?
- 「細胞分裂のミスだけ」が原因ではありません
- 年齢を重ねると、がんは増える傾向があります
- 「寿命が延びたから、がんが増えた」という面もあります
- 遺伝的な要因が関係するがんもあります
- 猫でも遺伝や体質が関係する場合があります
- 環境が関係するがんもあります
- 一部の感染症ががんの原因になることもあります
- 食事が悪いと、がんになるのでしょうか?
- 「腸内環境を整えれば、がんを防げる」とは言えません
- 「免疫力を上げればがんを防げる」という表現にも注意が必要です
- ストレスをなくせば、がんを予防できる?
- 適度な運動や体重管理は健康維持には大切です
- 犬猫のがんを完全に予防する方法はありません
- 自宅では「しこり」をときどき確認してみてください
- しこりは「大きさ」を記録しておくと役立ちます
- 「大きくなったら検査」では遅い場合もあります
- がんのサインは「しこり」だけではありません
- 高齢犬・高齢猫では定期的な健康診断も考えてみましょう
- 腫瘍が見つかったら「良性か悪性か」だけではなく確認したいことがあります
- 「なぜこの子が?」に答えが出ないこともあります
- がんについて知ることは「怖がるため」ではありません
まず「腫瘍」と「がん」は同じではありません
「腫瘍が見つかりました」
と言われると、
「がんなんだ」
と思うかもしれません。
ですが、腫瘍=すべてがんではありません。
腫瘍は、細胞が通常とは異なる形で増殖してできる組織のかたまりです。
大きく、
良性腫瘍
と
悪性腫瘍
に分けられます。
一般的に「がん」と呼ばれるのは、悪性腫瘍を指すことが多くあります。
良性腫瘍とは?
良性腫瘍は、基本的には周囲の組織へ深く入り込んだり、離れた臓器へ転移したりする性質を持ちません。
ただし、
良性だから何もしなくてよい
とは限りません。
大きくなって歩行を邪魔する。
目や口など重要な場所を圧迫する。
出血する。
身体を動かしづらくする。
といった問題が起こる場合があります。
良性・悪性だけでなく、
できた場所・大きさ・増え方
も治療を考えるうえで重要です。
悪性腫瘍とは?
悪性腫瘍では、
周囲の正常な組織へ入り込む。
臓器の働きを妨げる。
リンパ管や血管を通ってほかの場所へ広がる。
といった性質を持つものがあります。
離れた場所へ広がることを転移と呼びます。
ただし、すべての悪性腫瘍が同じ速さで進むわけではありません。
腫瘍の種類によって、
進行が比較的ゆっくりなもの。
非常に速く進むもの。
転移しやすいもの。
局所で大きくなるもの。
など、性質は大きく異なります。
では、なぜがんができるのでしょうか?
私たちの身体も、犬猫の身体も、多くの細胞からできています。
細胞は、
身体の成長。
傷ついた組織の修復。
古くなった細胞の入れ替え。
などのために分裂を繰り返しています。
その細胞の働きを調節している重要なものの一つが遺伝子です。
通常は、
いつ細胞分裂するか。
いつ増えるのを止めるか。
異常が起きた細胞をどう処理するか。
といった仕組みが細かく調節されています。
ですが、さまざまな理由によって遺伝子に変化が蓄積すると、
本来止まるべき細胞が増殖を続ける。
周囲の組織へ入り込む。
正常な細胞とは異なる働きをする。
といったことが起こる場合があります。
このような異常な細胞増殖が、がんの発生につながります。
「細胞分裂のミスだけ」が原因ではありません
がんを分かりやすく説明する時に、
「細胞をコピーする時にミスが起こる」
と表現することがあります。
イメージとしては分かりやすいのですが、実際のがんの発生はもっと複雑です。
遺伝子の変化。
DNAを修復する仕組み。
細胞増殖を制御する仕組み。
免疫系。
ホルモン。
周囲の組織。
慢性的な炎症。
環境要因。
など、多くの要素が関係します。
そのため、
「一回の細胞分裂ミスで、突然がんになる」
という単純なものではありません。
年齢を重ねると、がんは増える傾向があります
犬猫でも、人と同じように年齢を重ねるにつれて、がんがみられる機会は増えていきます。
長く生きるほど、
細胞が分裂する機会が増える。
遺伝子変化が蓄積する時間が長くなる。
環境からさまざまな影響を受ける期間が長くなる。
といったことが関係していると考えられています。
そのため、
高齢犬・高齢猫で腫瘍が見つかることは珍しくありません。
ただし、
若い犬猫ならがんにならない
という意味ではありません。
若齢でも発生する腫瘍はあります。
「寿命が延びたから、がんが増えた」という面もあります
犬猫の医療や栄養、生活環境が改善し、以前より長く生活できる子が増えています。
その結果、
高齢になるまで生きる犬猫が増え、
年齢とともに増える病気を診断する機会も増えた
と考えることができます。
腫瘍性疾患もその一つです。
これは、
「現代になって突然がんが発生するようになった」
ということではありません。
長生きできる子が増えたことで、高齢期に起こりやすい病気を見る機会も増えているという側面があります。
遺伝的な要因が関係するがんもあります
犬では、特定の犬種で特定の腫瘍が多く報告されることがあります。
たとえば、一部の犬種では、
リンパ腫。
骨肉腫。
血管肉腫。
肥満細胞腫。
などの発生リスクが比較的高いことが知られています。
これは、遺伝的な背景が関係している可能性を示しています。
ただし、
その犬種だから必ずがんになる
という意味ではありません。
反対に、リスクが高いとされていない犬種でも、がんになることはあります。
猫でも遺伝や体質が関係する場合があります
猫でも、腫瘍によっては品種による違いが報告されています。
ただし、犬猫のがんについて、
「どこまでが遺伝によるものなのか」
は、まだ分かっていないことも多くあります。
同じ犬種・猫種、同じ家族であっても、
がんになる子。
ならない子。
がいます。
遺伝だけでは説明できないことも多くあります。
環境が関係するがんもあります
がんの中には、環境からの影響との関連が知られているものがあります。
たとえば、
紫外線
です。
毛色が薄い犬猫や、毛の少ない場所では、長期間強い紫外線へさらされることが皮膚の腫瘍と関連する場合があります。
また、受動喫煙や一部の化学物質についても、犬猫の一部の腫瘍との関連が研究されています。
だからといって、
「これに触れたから必ずがんになる」
というものではありません。
がんは多くの場合、複数の要因が関係して起こります。
一部の感染症ががんの原因になることもあります
すべてのがんではありませんが、感染症との関係が明らかな腫瘍もあります。
代表的なものの一つが、猫の**猫白血病ウイルス(FeLV)**です。
FeLV感染は、猫のリンパ腫など一部の腫瘍のリスクと関係します。
そのため、
感染予防。
生活環境。
必要に応じた検査。
ワクチンについて獣医師と相談すること。
なども、猫の健康管理では大切です。
食事が悪いと、がんになるのでしょうか?
がんと診断された飼い主さんから、
「私が食べさせていたフードが悪かったのでしょうか」
と聞かれることがあります。
ですが、多くの犬猫のがんで、
「この食事を食べたから、このがんになった」
と原因を特定することはできません。
もちろん、
犬猫の年齢。
体格。
持病。
活動量。
に合った、栄養バランスのとれた食事を与えることは健康維持のために大切です。
一方で、
特定の食品。
特定のサプリメント。
特定の乳酸菌。
などを与えることで、一般的な犬猫のがんを確実に予防できるとは言えません。
「腸内環境を整えれば、がんを防げる」とは言えません
腸内細菌と免疫、代謝などの関係については、獣医学でも研究が進んでいます。
腸内環境が身体の健康に関係すること自体は重要な研究分野です。
ですが、
腸内環境を整えれば、がんを防げる
と現時点で単純に言うことはできません。
同じように、
乳酸菌を与えればがんを予防できる。
特定のサプリメントで腫瘍を防げる。
ということも、一般化することはできません。
サプリメントなどを利用する場合には、病気や薬との組み合わせもありますので、必要に応じて獣医師へ相談してください。
「免疫力を上げればがんを防げる」という表現にも注意が必要です
私たちの免疫系には、異常な細胞を認識・排除する働きがあります。
実際に、がんと免疫の関係は非常に重要な研究分野であり、人医療でも獣医療でも免疫を利用した治療の研究が行われています。
ただし、
「免疫力を高めれば、がんにならない」
という単純な関係ではありません。
そもそも「免疫力」というものを、一つの数字として簡単に測れるわけではありません。
また、
食事。
運動。
サプリメント。
だけで免疫を高め、がんを防げるという十分な根拠もありません。
健康的な生活を続けることと、
「がんを確実に予防できる」
ということは分けて考える必要があります。
ストレスをなくせば、がんを予防できる?
犬猫にとって過度なストレスを減らし、安心して生活できる環境を作ることは大切です。
ですが、
「ストレスがあったからがんになった」
と考える必要はありません。
がんの原因は非常に複雑です。
「もっとストレスを減らしてあげていれば」
と飼い主さん自身を責める必要もありません。
大切なのは、現在その子ができるだけ快適に過ごせる環境を考えることです。
適度な運動や体重管理は健康維持には大切です
がんを完全に防げる方法ではありませんが、
適度な運動。
適正体重の維持。
栄養バランスのとれた食事。
定期的な健康診断。
安全な生活環境。
などは、犬猫の健康を維持するうえで大切です。
運動量や食事量は、
犬種・猫種。
年齢。
関節。
心臓。
その他の持病。
によって変わります。
特に高齢犬・高齢猫では、若い頃と同じ運動量が適しているとは限りません。
犬猫のがんを完全に予防する方法はありません
飼い主さんにとっては、とても残念なことですが、
すべての犬猫のがんを防ぐことができる方法はありません。
健康的な生活をしていても、がんになる子はいます。
反対に、
「何か間違ったことをしたから、がんになった」
とも限りません。
多くのがんでは、原因を一つに特定することができません。
だからこそ、
予防だけを考えるのではなく、
変化を早く見つけ、必要な時に診察へつなげること
も大切です。
自宅では「しこり」をときどき確認してみてください
犬猫の身体を撫でる時に、
今までなかったしこり。
以前より大きくなったしこり。
硬さが変わった部分。
皮膚の盛り上がり。
などに気づくことがあります。
しこりがあるからといって、すべてが悪性腫瘍というわけではありません。
ですが、
触っただけで良性・悪性を正確に判断することもできません。
気になるものがあれば動物病院へ相談してください。
しこりは「大きさ」を記録しておくと役立ちます
以前からあるしこりの場合には、
大きくなっているかどうか
が重要な情報になります。
可能であれば、
いつ気づいたか。
どこにあるか。
大きさ。
色。
出血の有無。
などを記録しておきましょう。
スマートフォンで定期的に写真を撮っておく方法もあります。
ただし、
「小さいから大丈夫」
とも限りません。
腫瘍の性質は、大きさだけでは判断できません。
「大きくなったら検査」では遅い場合もあります
皮膚や皮下のしこりでは、
細い針を刺して細胞を採取する細胞診
を行うことがあります。
また、必要に応じて組織を採取する生検を行います。
見た目や触った感触だけでは、良性・悪性を判断できないことがあります。
気になるしこりがあれば、
「大きくなってから」
ではなく、一度獣医師に確認してもらう方法があります。
がんのサインは「しこり」だけではありません
がんは身体のさまざまな場所にできます。
そのため、
外から触れるしこりがない場合もあります。
たとえば、
- 体重が減ってきた
- 食欲が落ちた
- 傷がなかなか治らない
- 原因不明の出血がある
- 口臭が急に強くなった
- 食べにくそうにする
- 嘔吐や下痢が続く
- 運動量が減った
- 跛行が続く
- 呼吸が変わった
- 排尿や排便がしづらい
などが、腫瘍性疾患でみられる場合があります。
もちろん、これらの症状はがん以外の病気でも起こります。
症状だけでがんと自己診断しないことが大切です。
高齢犬・高齢猫では定期的な健康診断も考えてみましょう
がんは、初期にはほとんど症状がない場合があります。
健康診断で、
しこり。
リンパ節の腫れ。
口の中の変化。
体重減少。
血液検査の異常。
などが見つかり、さらに検査を進めることもあります。
高齢になったら、
「具合が悪くなってから病院へ行く」
だけではなく、
元気な時に身体の状態を確認する
という考え方も大切です。
必要な健康診断の頻度や内容は、その子の年齢・犬種猫種・持病などによって異なります。
腫瘍が見つかったら「良性か悪性か」だけではなく確認したいことがあります
腫瘍について検査を受けた時には、
良性なのか悪性なのか。
どの種類の腫瘍なのか。
どこまで広がっているのか。
手術が必要なのか。
ほかの治療方法があるのか。
経過観察できるのか。
などを確認していきます。
同じ「がん」でも、
治療方法。
進行速度。
治療によって期待できること。
は大きく異なります。
そのため、インターネットで同じ病名の犬猫の情報を見つけても、目の前のその子と同じ経過になるとは限りません。
「なぜこの子が?」に答えが出ないこともあります
大切な犬猫にがんが見つかると、
「原因を知りたい」
と思うのは自然なことです。
ですが、多くのがんでは、
なぜその子に発生したのかを正確に特定することはできません。
だからこそ、
食事が悪かったのでは。
もっと運動させればよかったのでは。
ストレスを減らせばよかったのでは。
と、一つの原因を探し続けなくてもよいと思います。
原因を完全に突き止められない病気はあります。
その中で大切なのは、
今どのような腫瘍なのか。
何ができるのか。
どのような治療選択肢があるのか。
その子が今どう過ごしているのか。
を整理することです。
がんについて知ることは「怖がるため」ではありません
犬猫のがんについて知ると、
「うちの子もいつか」
と不安になるかもしれません。
ですが、がんについて知る目的は、
毎日病気を探し続けることではありません。
普段の身体を知っておく。
気になる変化を見逃さない。
しこりがあれば相談する。
必要な健康診断を受ける。
もし腫瘍が見つかったら、種類や治療について確認する。
そうすることで、
必要な時に必要な医療へつながること
ができます。
犬猫のがんは、
「これをすれば絶対に防げる」
という病気ではありません。
だからこそ、
予防できなかったことを悔やむのではなく、
今できる健康管理と、変化に気づくこと
を大切にしていただけたらと思います。
※この記事は、犬猫の腫瘍・がんの原因やリスクについて一般的な情報をお伝えするものです。腫瘍の種類・原因・治療方法は犬猫によって異なります。身体に新しいしこりが見つかった場合や、体重減少・食欲低下・出血など気になる変化がある場合には、動物病院へご相談ください。
参考情報
- MSD Veterinary Manual「Introduction to Cancer and Tumors in Animals」
- MSD Veterinary Manual「Causes of Cancer in Animals」
- Cornell University College of Veterinary Medicine「Cancer Management Frequently Asked Questions」
- Cornell University College of Veterinary Medicine「Cancer Care at CUHA」
